自由意志・AI・実験心理学

本年度より、私が代表を務めるプロジェクト、「近未来社会における新しい自由意志・責任概念」がトヨタ財団特定課題研究:先端技術と共生する新たな人間社会に採択されました。
このブログでは、本プロジェクトのアウトリーチ活動の一環として、一般市民を含む様々な人々に我々の研究内容を発信していくことを目的とします。

さて、第一回目となる今回の投稿では、我々の研究プロジェクトの概要およびその目的に関して報告したいと思います。

【プロジェクトメンバー】
本研究の最大の特色は、プロジェクトメンバー全員が北海道大学CHAINに所属する博士後期課程学生であるという点にあります。



本プロジェクトは、CHAINに所属する学生同士で行っていた共同研究の構想を具現化したものに他なりません。

【プロジェクトの概要】
本プロジェクトの背景には、AIと人間の漸近という問題があります。近未来社会においては、AIが人間に代わって意思決定をする、我々の脳がインターネットや仮想空間に直接接続される、AIが人間の指示を受けることなく決断を下す、といったことが一般化していくと予見されます。実際、私たちは知らない土地で移動をするとき、自分で道を選ぶ代わりにGooglemapに意思決定をさせたりと、既に代理意思決定は身近なものになりつつあります。


こうしたAIと人間の漸近は、「自由意志をもつ責任主体」という従来の人間観を変容させると考えられます。


たとえば、クマが人間を襲ったとしても、私たちは熊を刑務所に入れようと考えたりはしません。しかし、人間が人間を襲った場合、私たちはその人が非難や罰の対象であると見なします。責任帰属(非難や罰)の対象となるのは人間だけ。
人間がもつ「自由意志」は、人間に対する責任帰属を特権的に基礎づけ、人間と他の動物を責任主体として区別すると考えられてきました。

しかしながら、今後AIと人間が漸近していくなかで、自由意志は人間だけのものではなくなると予見されます。そういうわけで、AIと人間のそれぞれにどのような自由意志・責任を帰属できるのかを解明し、新たな自由意志・責任概念の構築を目指そう、というのが本プロジェクトの大まかな目的です。

【具体的な研究内容】


本研究の第一段階として、「実験哲学」と呼ばれる手法を用いて人々の自由意志・責任概念を明らかにします。実験哲学とは実験心理学を応用した比較的新しい哲学の研究手法で、質問紙調査などを用いて人々の哲学的概念を明らかにすること等に用いられます。
自由意志に関しては多くの実験哲学的研究がなされてきたのですが、本プロジェクトでは新たな実験手法を導入することで既存研究の課題を克服することを目指します(具体的な内容に関してはまた今度)。

第二段階では、AIに対してそうした自由意志をどこまで帰属できるか、また、代理意思決定等の技術が進展した社会において人間の自由意志はどうなるのか、といった点について哲学的分析を行います。そのうえで、人間とAIが漸近した近未来的シナリオにおいて、人々が道徳的責任の帰属に関してどのような判断を下しうるかを実験的に検証します。

第三段階では、近未来社会において責任帰属が変化することに伴い、自由意志概念の重みがどのように変化するのかを考察します。第二段階で明らかにした予見される責任帰属判断の変容、それに伴う自由意志概念の変容が社会にもたらしうるインパクトを踏まえ、AIと人間に帰属されるべき自由意志・責任概念を明らかにしていきます。

本プロジェクトは、記述的な内容と規範的な内容の両側面を含みます。第二段階までは、AIと人間の漸近によって、既存の自由意志・責任帰属の対象がどのように変化しうるのかを解き明かします。一方第三段階では、そうした予見される変化に伴う諸問題をふまえ、自由意志や責任といった概念をどのようにエンジニアリングすべきか、という規範的な問題に取り組んでいきます。

話が複雑になったので、最後に簡単にまとめましょう。
AIと人間が存在者として近しくなってくると、じゃあAIが悪いことをしたら人間と同じように非難をすべきなのか?いやはやそれとも、人間もAIと変わらないのだから、そもそも人間を非難することをやめるべきなのか?といった問題が生じます。
本プロジェクトでは、そもそも人間とAIは責任主体としてどこまで近しくなりうるのか、また、それによって人々の判断はどのように変わりうるのか、といった事実を明らかにし、それを踏まえて上述した「べき」問題の答えを探っていきます




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